2008年08月27日

なんとかならんもんかと思ったこと

先日、わたくしの祖父アキラが逝去したわけですが、
「じいちゃんが今朝心肺停止状態になり、今は人工呼吸器等で持ちこたえている状態で〜〜」
というマキコメールがわたくしに来たのが7日午前9時過ぎ。

そっから慌てて連絡を取ると、どうせ葬式で来ることになるからそれでいいとかいうアホマキコ。
とりあえずはむてる連れて帰るということにして、妹あちゃきちに連絡を取ると「すでに産休でぶらぶらしてるからアタシも行く」というので、翌日8日のわたくしが仕事が終わった後はむてるを保育園に迎えに行き、それからわたくし実家に戻るてはずを整えたのです。

新幹線の時間を調べ、ブラブラしとるあちゃきちに指定席を買いに行くように指示を出し、料理人に詳しいメールを打ち、なんとかひと段落と思った7日の昼下がり。

アテクシ気がついた。

「あっち(わたくし実家)、チャイルドシート無いんじゃね?」

はむてるをチャイルドバッグにするつもりは毛頭ないわたくし。


そっから慌ててあちゃきちに指定席買うのをストップさせ、新幹線の駅から病院から自宅からの距離を調べていくらになるのかNAVITIMEではじき出し、レンタカーのが絶対に良いだろう(チャイルドシートも一緒に貸してくれるから)という結論に達して、
そこから今度はレンタカーの手配ですよ。

ネットでは、近隣の店舗すべて貸出不可。
そりゃそうだ。
お盆休み直前だし、返却お盆休み入ってからの予定になってるし。

なので、いつも借りておるトヨタレンタカー○○店に直接電話。

「できればプリウスで用意して。なければ違うのでもいい。クラスはできるだけプリウスと同等もしくは1クラス上で。
 2クラス上はきつい。2クラス上と1クラス下なら、下でよろしく。禁煙車は絶対。」

と電話しすると探して折り返すとのこと。
宇賀神君(仮名)がんばって探してくれたよ。
「1クラス下ならありました。押えました!!!
 明日午後5時貸出しオッケーです!」

「でかした!」
ということで、レンタカーの手配ができてほっとしたのが午後3時。

ふー、ヤレヤレとあちゃきちにレンタカー手配したから心配すんなと電話し、当日はわたくし最寄駅まで出てきてもらうことで合意。

あとは明日になるばかり〜と思ってからハタと気がついた。

車の中。
チャイルドシートにくくりつけられたはむてる。

いつもならわたくしが横にいるので大して騒がないが、明日は3か月前にあったきりな、しかも妊娠して肥えて人相がかわったあちゃきちが隣。

大騒ぎなんじゃね??

どう考えても、ギャン泣き必須。


そこからあにゃたギャン泣き防止策ですよ。


大好きな「いないいないばぁっ!!」でも見せてれば泣かないんじゃね?

DVD再生できる物?
持ち運べるもの・・・。

パソしかないorz。

じゃあ、CD!!!

今度はCDの手配です。

とはいうものの、いないいないばぁっのCDを探そうにも会社の近くにはそもそもCDショップが無い。
帰り道にまわった銀座のショップには無い。
そりゃそうだ、銀座にゃねぇわな。
家の近所のショップにも無い。
Amazonのお急ぎ便でも7日午後4時すぎの時点で頼むと8日の出発時刻には間に合わない。
ヲタにーさんの助けも借りて共有ファイルを探すも、はむてるが愛してやまないことちゃんバージョンはなく、前のおねーさんのふうかちゃんバージョンしか無い=はむてる確実に無反応。

どーする?
どーするよオレ???

答え:アタクシ天才かもしんまい

あちゃきちの住んでいる場所は、JRのけっこうデカイ駅が近いので、その駅近くのCDショップに片っ端から電話したYO。
そしたら、あちゃきりが「え?それどこよ?」って言うような、小さい町場のショップが在庫持っててくれたYO。
助かったYO。
あちゃきちに立ち寄って買ってきてもらったYO。


でもね、でもね。

問い合わせの電話するわけですよ。

ちゆき「すみません、そちらで在庫があるかどうか調べていただきたいのですが、
 NHKのいないいないばぁっのCDでこんにちはったららったんたんは置いてますか?」

店の人「えーといないいないばぁっですね、少々お待ち下さい。
   ………
   おまたせしました。えーいないいないばぁっですと何枚かありますが、えっと…」
「あ、こんにちはったららったんたんです。」
「こんにちはったら…」
「こんにちはったららったんたんです。」
「ソレはちょっと置いてないようです申し訳ありません。」



すんげー言いにくいし、向こうも聞き取りにくいだろうし、
第一絶妙に言うのこっぱずかしいんだよ、こんにちはったららったんたんて!!!!!

NHKさん、そのネーミングセンス、なんとかならんもんでしょうか?

こんにちはったららったんたんて…orz。

ついでに、田舎に行ってチャイルドシートない場合ははむてるは車に乗せないというと、ちょっとぐらいだのこうるさいだのぐちぐち言われるのもなんとかならんもんでしょうか。
正面切って言い返してすんげぇ喧嘩してるけど。←自分でなんとかしてるんじゃ…
posted by 千之 at 12:08| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 12/6up | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月21日

自分で注射を打つ

自分で注射を打つことになった。

先にいっとくけど、覚せい剤とかじゃないよ。

たしかに頬がこけてる上に、頭すげーボサボサで、普段からある眼の下のクマが睡眠不足でどえりゃあことになってて、ぼけーっとけだるそうにターンテーブルで自分の荷物が出てくるの待ってたら、係員のおっちゃんに別室に連れて行かれて荷物開けられたことあるけど(空港で)、そういうんじゃないよ。

その前に自分で打つけど、自分に打つわけじゃないよ。


なんだかねぇ、ちょびの具合がなかなか持ち直さないのですよ。


大腸がんの手術して、

抗がん剤投与はじめて、

それなりに副作用がありながらもちょびはがんばって、

そしたら手術で開腹した際に、手術部位を広げるために切り開いた筋肉を溶ける糸で縫っていたのが、2か月たって糸が溶けはじめたら、筋肉がくっついてなかったよ orz。

普通1〜2週間でくっつくらしい。

筋肉が離れたままでは支障があるので、また手術でした orz。

どうりで普段はしない手術の傷跡をてちてち舐めてるなと思ったのよ。
舐めすぎてちょっと血が滲むほどだったんだが、痛かったんだね。

院長、今回の手術代はまけてくれた。
助かった。
でも4日間の入院費だけでも六万超えんのよねぇ〜、アハハハハ〜。

痛い…。
でも手術代入ってたらきっと桁が1個あがってただろうから、院長には感謝だ。


ちょびは抗がん剤の投与を通常よりも早めに始めているのだが、
どうやらちょびは抗がん剤と相性が良いらしく、効きすぎるくらいに効いているようで、
再度の開腹で目視して確認したところ、ガン化しそうになっていたリンパ節は綺麗な正常のものになっていて、切り取った大腸のところはちゃんと繋がっていたそうだ。

えがったよーー(号泣)。

もしかしたらその効きすぎる副作用で、筋肉がくっついてなかったのかもしれないとのこと。

ま、普通は血液検査なんかで推測するしかない癌細胞の進行を、目視で確実に確認できたのは不幸中の幸いやな。

でもねぇ、やっぱり再手術は負担が大きかったようで、透明で泡立った粘度が高い液体のはき戻しが止まらんようになった。
無臭だから胃液じゃない。
唾液??

あわててまた獣医かけこんだら、院長お休みデーで違う獣医師さんに当たった。
違う獣医師さんは、なんでこうなるのかサパーリということで、とりあえず水もご飯も食べてないし薬もゲロったので、栄養剤と抗生物質と吐き気止めを入れた補液を注射してもろた。

が、全然透明ゲロ止まらん。

心優しいおねいさんに相談したら、
「話を聞く限りだと、そういう症状は保護した猫でけっこう見かける。
 風邪をひいているところを保護した人馴れしていない猫がよくやるよ。
 体力が低下している時に精神的なショックを受けると、そうなることが多いと思うけど…。」

と言い、
「ちょびのお見舞い行っていい〜?」
と言いながらその日のうちに様子を見に来てくれた。

やはりたまに見かける症状とまったく一緒だという。
にゃぐにゃぐと歯ぎしりするように歯噛みしてから透明な液を吐くのまで一緒。
「うっかりすると猫部屋の床がこのアワアワでびっしりになるのよねぇ〜。」
「みんなだいたい3日くらいで峠を越してた。」

とのことだった。


次の日、院長出勤デーに合わせて再度通院。

院長いわく、もしかしてガンが十二指腸あたりに転移してるのかも??と言われ、エコーかけていい?と聞かれるが、
・猫の保護して何百匹も面倒みてる人からたまに見かける症状だと聞いた
・体力と精神のショックが重なった場合に見られるとのことで、ちょびが今まさにその状態
・ほんの1週間前の直接の目視や触診で十二指腸に異常は無かった
ということを自分たちなりに考えてみて、とりあえずあと2日だけ、吐き戻しが始まって2日なので、おねいさんが言った峠の3日を見越して、合計4日間になるあと2日間だけ様子見をさせてくれとお願いする

院長からは、注意して観察して欲しい注意点や試してみて欲しいことを何点か伝えられ、経過観察になる。

これが昨日。

で、昨日の日中。
結構な個所に吐き戻した形跡あり。

昨日の夜。
やはり吐き気止まらず。

昨日の夜中。
吐くには吐くが、苦しそうににゃぐにゃぐしていたのや、吐く時に辛そうに「に゛や゛ぁ゛ぁ゛ぁ」という声(人間でいうと「う゛ぉげえええ」って感じ)をあげていたのが無くなる。

今朝。
再度通院。
にゃぐにゃぐや声が無くなったのは、良くなっている証拠らしい。
昨日の日中のはき戻しが多かったのは、触診でぐりぐり触ったからかもということで、
ちょびは病院大嫌いなのに通院しているのはストレスが大きいのかもということで、

補液と吐き気止め、自宅注射に切り替わり通院しなくて良くなりました〜。

パチパチパチパチ!!!!

っておいっ、誰がやんだよっ。
ちょびへの注射、誰がやんのよーーー!!!

料理人「え、ちゆきちゃんでしょ?」

だよね〜。
そうだと思った〜。

あはははは〜。

………、

おねいっすゎあぁぁぁーーん!!!


「注射は何度も経験あるんでおまかせ手(チョキ)


タイミングが良いのだか悪いのだか、わたくしは明日から料理人実家に帰省のために、おねいさんにペットシッターをお願いしていたのです。
しかもたぶんちょびが1日2回の投薬になるだろうから、1日2回でお願いしますと。


ということで、わたくしが注射すんのは、今日の夜だけですみそうです。



今日の夜だけ。

が、がんばる。

人に(猫に?)注射なんてしたことないけど、がんばる。

っつーか注射なんて自分にやったことも無いけど。



……おねいさん、今日も見舞い来ないかな〜。←超他力本願。
ラベル:
posted by 千之 at 12:23| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 12/6up | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月18日

アキラがいく

アキラ。。。

大正8年生まれ。
わたくしがファンクラブ会長をつとめるわたくしの祖父である。

クールでまじめ一辺倒に見えるくせに、どこかしら高田純次のような部分を持ち合わせて、真顔で適当なことを言い「ニヤリ」と笑うようなじじぃだ。

じじぃだった。


アキラが逝きました。


享年89歳。

世間一般では大往生だと言われる年齢ですが、もっと長生きだと思ってたんだがなぁ。。。


数年前に大腸がんとリンパ腫がコンボで見つかり、それ以降の抗がん剤治療では医者が「本当に80歳超えてるんですよね?」と驚くような体力と精神力を見せたアキラ。

最後は、その腫瘍が脳に転移し、かなり眩暈などがひどくなっていたようです。

病気に関してはすべての告知を望み、当然脳腫瘍の転移もわかっていたアキラ。

「具合が悪くなりながら死んでいくのはイヤだ」

と89歳のクセに手術を望み、アキラの超人ぶりを知る主治医以外のすべての医者から「やめとけ」コールをくらって手術ができる病院を探すのに手間取りながらも、きっちり手術を乗り越え、あとは体力の回復だけ…という段階で、実際体力も回復しつつあった段階で、肺炎から肺気腫だったそうだ。


弔辞は、じじぃの弟がやってた。

顔がそっくりで、また性格もウリ双子で、すんごい笑った後すんごい泣けた。

じーさん、戦争中は暗号解読班だったんだってさ。

知らなかったよアキラ。

年代のわりには170越えの長身でいいガタイしてたから、てっきり前線から生きて帰ってきたミラクルじじぃなんだとばっかり思ってたよ。

満州からビルマ(ミャンマー)、フィリピンと激戦地を転戦したわりには、無傷で復員してきたわけだよね。


アキラは、戦争中のことはほとんど話すことはありませんでした。

話すことがなかったのか。
話せることがなかったのか。

今となってはわかりませんが、酔っ払っていることが多かったんだから、もっと聞いておけば良かったなと思ったりもします。

もう遅いわけだが。



ご迷惑をおかけてしました、akiにーさん、みずすましさん、ごめんなさいね。
posted by 千之 at 13:20| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 12/6up | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月07日

そりゃねぇよ

恵まれてたんだなぁ。(白いタンクトップでおにぎり食いながら)


最近お知り合いになった方とお話をしていたら、涙目になられました。

ほんとたまたまなんですけど、1か月違いで出産してたんですよ。
彼女が1月、アテクシ2月。

母乳育児、大変だったみたい。
子どもの成長だとかも、大変だったみたい。

わたくしは、母乳に限らず育児で悩んだことって、ぶっちゃけ一度も全くまるっとナッスィング。
それはすべてが順調だというよりも、「悩んだってしゃーないべ、なるようにしかならん。」という思考回路のせいもあるが。
その前に初めてだからはむてるを「こんなもんだろ」と思ってしまっているから。

でもそれでも、わたくしは恵まれていたんだなぁとしみじみ思った。


彼女が出産した病院は、都内の有名病院でものすごく母乳育児推進しているところなのね。
わたくしは、助産院でやっぱり母乳育児推進で、母乳について熱く語られ、「母乳出なかったら?大丈夫出してあげるわよ、フフッ。でも100人に5人くらいは出にくい人いるから、その場合は混合よね〜。」ということで、出るためには「あれ食えこれ食うなああしろこうしろこれはやっとけこれはやるなっつか絶対にやるな」などなど、それはそれはいろいろなノウハウを教えてくれたわけです。
でも彼女が産んだ病院は、「吸わせれば出る!」ってしか言われなくて、出ないからってミルクを足すのは母親の努力不足的な扱いなんだそうだ。
わたくしが教えてもらったことを「知ってる?」って聞いたら、上っ面のことだけは知ってたけど、細かいノウハウなんかは彼女全然知らなかったよ。

そりゃねぇよ。
教えてもらわなきゃ、わかんないって。
事実わたくしが教えてもらったようなことは、ググると切れ切れには出てきたけど、網羅して書いてあるとこなんて無かったよ。

努力不足だけって、そりゃねぇよ。


彼女のお子さん、成長曲線を下回っていたそうだ。
離乳食が始まったら、結構みんな「なかなか食べない」「べぇーっと吐き出す」をやられるんだけれども、最初からガツガツ食べたそうだ。
それ、軽く餓えてたんじゃ…。

彼女自身も離乳食が始まる前までは、半分ノイローゼだったそうだ。

その有名病院で出産した方を、私は彼女を含め3人ほど知っているが、一人は順調に母乳育児が進んだらしく、その病院を絶賛している。
が、ぶっちゃけもう一人は
「あそこはオカシイ。これが絶対に正しい唯一のやり方でそれ以外は親として失格って押し付けてくる。最初にあそこで産んで、順調に進まなかったらパニックになると思うよ。」
と言っていた。ちなみにこの人は二人目がその病院だった。
だから何を言われても、そういうやり方がまぁ正しいとされていることは知ってるけどさ〜子育てなんてそんな教科書通りにはいきませんよということで、他の知識をきちんと持っていたから「ハイハイ、ワロスワロス」で華麗にスルーしてきたようだ。
そして今回お知り合いになった方。
実際おかしくなりかけたと本人の談。

なんというか、こうしろって押しつけて、それが絶対だとそれ以外は認めないと突っぱねて、その責任は全部あんたねってどうなのよ??


いくら進んでいて素晴らしいとされる病院でも、いくらハードが良くても、いくら理念が高尚でも、ソフトがそれじゃぁいやだなぁとしみじみ思いました。

ま、それ以前にそこの病院はお高いので、わたくしはハナっから無理なんですけどぉ〜。


でも病院名って、こういうとこでさらしたらやっぱしマズイよね。。。

とりあえず、HのNに当てはまるところは、注意して病院を観察してくださいませ。

もちろんその病院に合う場合は、素晴らしい理念の病院なんですよ。
(念のため)
posted by 千之 at 13:27| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 12/6up | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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